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東京高等裁判所 昭和48年(ネ)2679号 判決 1975年2月26日

控訴人

株式会社伊豆シャボテン公園

右代表者

大村実

右訴訟代理人

高橋真清

外二名

被控訴人

原くに外四名

右被控訴人五名訴訟代理人

沢口嘉代子

外六名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一控訴会社が、伊東市大室高原に、東洋一の品種を誇るシャボテンの展示と小動物の放し飼、珍種植物の配置による自然公園的な「伊豆シャボテン公園」を有し、これを主体に観光開発並びにその設営及び管理等を目的とする株式会社であり、被控訴人原くには昭和四一年三月、同日吉末子は昭和三七年一一月、同石井ふみは昭和四一年三月、同石井貞子は昭和三七年七月、同岡本なつ子は昭和三六年五月、それぞれ控訴会社に入社し、爾来いずれも控訴会社の従業員として勤務していたこと、控訴会社は従前定年制についての定めはなかつたところ、昭和四六年六月一日控訴会社は就業規則として本件定年制(乙第四号証)を定めて同月五日実施したこと、右本件定年制第一条は、定年として女子従業員については満四七才、男子従業員については満五七才にそれぞれ達した日の翌日をもつて定年退職する旨規定していること、ただし控訴会社は経過措置として、昭和四六年六月五日当時すでに右年令に達していた四七才以上五〇才未満の女子従業員につき九ケ月(昭和四七年三月四日まで)右規程の実施を猶予したこと、被控訴人らは、いずれも昭和四六年六月五日の時点で四七才に達しており、かつ五〇才未満であつたため、控訴会社は、被控訴人らがそれぞれ昭和四七年三月四日本件定年制により定年に達し退職したものとして、同日以降被控訴人らを従業員として取り扱わず、就労を拒否し、賃金の支払いもしていないことは当事者間に争いがない。

二被控訴人らは、まず、本件定年制を導入した就業規則は、従来定年制のない労働契約によつて雇用されていた被控訴人ら従業員にとり労働条件の不利益な変更であるところ、右変更について労働者の同意がないので、右本件定年制による就業規則の変更は無効である旨主張し、控訴会社は、本件定年制等については組合との間で、昭和四六年一二月四日確認書を取り交わして本件定年制等を組合は承認し、これによつて控訴会社と組合との間には右本件定年制と同旨の労働協約が締結され、協約の成立がないとしても、すくなくとも就業規則の変更に組合は同意している旨主張するのでこの点について判断すると、<証拠>(確認書)には控訴会社と組合との間で定年実施に伴う経過措置についての確認事項が記載されていることが認められるけれども、定年退職規程について組合が同意する旨の記載は認められず、かえつて<証拠>を総合すると、昭和四四年二月控訴会社は、組合に対し定年制を提案したが、組合は、定年制の白紙撤回を求めて控訴会社との間に団体交渉が何回か持たれていたところ、控訴会社は、昭和四六年二月定年制を含む就業規則の改訂案を提示し、組合側の態度がきまらないうちに前記認定のとおり、就業規則を変更する本件定年制の実施に踏み切つたこと、組合側は、昭和四六年六月上旬の臨時組合大会において定年制を設けること自体には賛成としながら、年令における男女差その他の条件については後日決議する旨決議し、同年一〇月二日の臨時組合大会では定年は男女とも六〇才とする旨の決議がなされ、組合側は、さらに控訴会社と団体交渉を行つたが、控訴会社は本件定年制を譲らず組合は、同年一一月中旬開かれた臨時組合大会においても新しい決議がなされず、よりよい条件を獲得するための交渉を執行部に委任する旨決議したまゝ経過し、組合執行部は、なおよりよい条件を獲得するため控訴会社と交渉したが、双方譲らず、結局、同年一二月四日には同年六月五日当時六〇才以上の男子従業員及び五〇才以上の女子従業員について本件定年制及びその経過措置による退職該当者が出るに至るので、組合執行部は、控訴会社が定年退職規程を実施する場合の条件について確認する必要上、同年一二月四日控訴会社との間で確認書を取り交わしたものであることが認められ、以上の経緯に照らすと、女子四七才男子五七才とする本件定年制について、控訴会社と組合との間に協約が成立したものであるとか、また控訴会社の行なつた就業規則の変更に組合が同意したものであるとは到底認められない。<証拠判断省略>

なお、控訴会社は組合が被控訴人らを除名したことをもつて組合と控訴会社との前に本件定年制につき協約が成立したことの証左である旨主張するけれどもかりに組合の除名処分がなされたとしても、本件定年制について協約が成立したことと、組合の除名処分との関連性について首肯しうる事実の主張及び疎明のない以上、組合の除名処分をもつて本件定年制につき協約成立の証左となし難く、この点に関する控訴会社の主張は理由がない。

ところで右のように労働者の同意のない本件定年制は無効かどうかについて考えると、使用者があらたな就業規則の作成または変更によつて労働者の既得の権利を奪い労働者に不利益な労働条件の変更を一方的に課することは原則として許されないと解されるが、<証拠>並びに弁論の全趣旨によると、控訴会社の従前の就業規則第六三条は「定年制は別に定める」としながら、別段の定めはなかつたところ、本件定年制によりその具体的実施を図つたものであることが認められ、かつ、定年制を設けること自体については組合側も賛成していたことは前記認定のとおりであるから控訴会社における定年制の採用自体は使用者が労働者に不利益な労働条件の変更を一方的に課した場合に該当するものとは解されないので、就業規則の変更について個々の労働者の同意を欠くことの一事をもつて本件定年制の実施を直ちに無効となし得ないことは明らかである。されば、この点に関する被控訴人らの主張は理由がないといわねばならない。

三次に被控訴人らは、右本件定年制が女子従業員について男子従業員より一〇年低い定年を定めていることは、性別による差別待遇であつて憲法一四条、労働基準法三条、四条に違反し、民法九〇条により公序良俗違反として無効である旨主張するのでこの点について判断する。

本件のような就業規則による定年退職制は退職に関する労働条件であり、女子についての定年を男子のそれより低く定めることは女子労働者の労働条件に関する差別待遇といえる。ところで、憲法一四条は法の基本原理として法の下の平等について規定し、人種、信条、社会的身分、門地等と同様性別による差別を禁じている。そして、同条の規定を受けて制定された労働基準法三条は、国籍、信条または社会的身分を理由とする労働条件についての差別を禁止し、同法四条は、性別を理由とする賃金についての差別を禁止しているけれども、同法三条及び四条は、その規定の仕方において性別を理由とする賃金以外の労働条件についての差別については規定していない。したがつて、同法三条及び四条に規定がなくても性別を理由とする賃金以外の労働条件についての差別を禁ずる趣旨と解すべきかどうかについては、労働基準法一一九条は、同法三条及び四条に違反する使用者に対する罰則を定めているのであるから、罪刑法定主義の原則に照らすと、右法条を拡張して解釈することは許されないと解するのが相当である。そして、同法三条が性別を理由とする差別について規定せず、同法四条が「賃金」以外の労働条件につき性別による差別を規定していないところからすれば、同法は、性別を理由とする賃金以外の労働条件について差別することを直接禁止の対象としているものではないと解される。また、控訴会社の主張するように、憲法一四条等の基本的人権の保障に関する規定は、私人間の行為を直接規律するものではないから、私人間の行為の効力を直接左右するものではなく、性別を理由とする差別的取扱いの禁止も、男女の自然的・肉体的条件の相違に応じた合理的な差別をも否定するものではないと解される。しかしながら、憲法一四条が国または公共団体と私人との関係において保障する男女平等の原理は、元来、同法二四条とあいまつて、社会構造のうちに一般的に実現せられることを基調としているので、合理的理由のない差別の禁止は、一つの社会的公の秩序の内容を構成していると解されるから、労働条件についての差別が、専ら女子であることのみを理由とし、それ以外の合理的理由が認められないときは、右のような不合理な性別による差別を定めた就業規則の規定は、民法九〇条により無効であるというべきである。

四そこで、次に控訴会社の本件定年制が女子につき男子と一〇年の差を設けたことの合理性があるかどうかについて検討することとし、その前提となるべき控訴会社の事業内容、控訴会社が本件定年制を定めるに至つた事情、従業員数及びその性別・年令別構成、従業員の担当業務内容、被控訴人らその他女子従業員の採用の事情、被控訴人らの勤務状況、定年退職該当者として再雇用された女子従業員の業務内容等について次のとおり判断する。

<証拠>を総合すると次の事実が認められる。

1  控訴会社は昭和三一年創業し、昭和三四年開園のシャボテン公園を中心に、漸次諸施設をととのえ営業規模を拡大していつたものであるが営業規模の拡大に伴い多額の借入れを為し、なかには銀行以外の金融業者からの借入れも多く、金利も嵩み、昭和四一年九月頃には三億円近い累積赤字を生じたため、当時最大の債権者であつた申請外静岡商工資金協同組合の代表者が控訴会社の代表取締役となり、右申請外協同組合の役員であつた橋本義人も控訴会社の役員として入社し、これらの人々が加わつて、控訴会社の経営を検討した結果、売上額に対する人件費の比率が他の同種企業は一五パーセント位であるのに、控訴会社は二〇パーセント以上あり、当時の従業員数のまゝ年功序列の賃金体系をもつて推移すれば、二、三年のうちに売上額に対する人件費の比率は三〇パーセントにも及ぶに至ることは必至であることが予測されたので、経営の健全化のためには人件費を総売上げの一七ないし一八パーセント程度に押え、その他諸機構を改革して冗漫な経営を改善する必要のあることが指摘され、人件費の増大を防ぐ方策として、人員削減のため定年制の採用に踏み切らざるを得ないこととなつた。

男子

女子

総数に対する比率

一五才ないし一九才

五名

一五名

二〇名

(〇・〇六)

二〇才ないし二四才

一五名

四二名

五七名

(〇・一七)

二五才ないし二九才

二四名

一八名

四二名

(〇・一二)

三〇才ないし三四才

四四名

一三名

五七名

(〇・一七)

三五才ないし三九才

三六名

一三名

四九名

(〇・一四)

四〇才ないし四四才

二三名

二三名

四六名

(〇・一四)

四五才ないし四九才

一四名

一六名

三〇名

(〇・〇九)

五〇才ないし五四才

九名

四名

一三名

(〇・〇四)

五五才ないし五九才

九名

七名

一六名

(〇・〇五)

六〇才ないし七〇才

六名

二名

八名

(〇・〇二)

一八五名

一五三名

三三八名

(一)

2  控訴会社は前記認定のとおり観光を目的とする企業であるが主たる企業施設としては、サボテン公園内の温室、動物園、コスモランドの地球儀温室、伊豆ドライブイン、伊豆海洋公園、各施設内の売店、レストラン、立食そば売店、喫茶店、ハイヤー、ガソリンスタンド、別荘分譲地等で年間一〇〇万人以上の観光客を誘致し、シャボテンを中心とする珍種植物の展示、即売、小動物の放し飼いを見せたりするほか、別荘地の分譲等をしている。

3  昭和四六年二月一日現在の従業員数は合計三三八名で、その年令別及び男女別構成は次のとおりである。

右の年令構成によつてみると、控訴会社の従業員中三〇才未満の従業員は、男子は四四名(男子従業員中23.7パーセント)女子は六〇名(女子従業員中39.2パーセント)、四五才以上の従業員は男子三八名(男子従業員中20.5パーセント)、女子二九名(女子従業員中18.9パーセント)であつて、年功序列型の賃金体系をとる企業経営上、若年労働者が多く、年令が高まるに従つて人員の逓減するピラミッド型が理想であるとすれば控訴会社の従業員の年令構成は、中高年者が比較的多いことになるが、この傾向は男女を通じて変らず四五才以上の従業員の占める割合は男子の方がやゝ多いこととなる。

4  控訴会社が従業員を採用する方法は創設当初から一定基準を設けてその用途にそつた必要人員を新規採用するという方法をとらず、営業の規模拡大に伴う人員不足を補うべく、幹部職員はじめ従業員等が縁故によつて勧誘するという方法により従業員を採用してきたが、女子従業員については、地元の主婦をパートタイムで臨時に雇用し、草取り、清掃、ドライブインや食堂のウエイトレスや調理補助、売店の業務に当らせ、右臨時雇の中から漸次、試験を行つて正社員に採用した上、右のような業務に当らせてきたもので、最近においても若年女子の新規採用者は少ない。しかも、前記のようにして正社員となつた女子従業員中には、子供の養育にも家事にも余裕のできた家庭の主婦で就職の時四〇才を超えた者も相当数あり、中には五〇才を超えた者もいた。このような縁故者からの採用及び地元主婦の採用の方法が、前述したような控訴会社の全従業員の年令構成上、中高年者の占める割合を大きくするという結果をもたらす一因となつている。

5  控訴会社の職種は、(イ)事務職、(ロ)不動産セールス職、(ハ)作業職、(ニ)自動車運転職、(ホ)調理職、(ヘ)調理補助職、(ト)ウエイトレス、(チ)販売職、(リ)管理職とあり、昭和四七年六月現在男女従業員の上記職種への配置は、(イ)事務職は指導職二〇名、男子七名、女子二九名、計五六名、(ロ)不動産セールセ職は指導職九名、男子五名、計一四名、(ハ)作業職は指導職一六名、男子三二名、女子二名、計五〇名、のほか植物について指導職四名、男子九名、女子二名計一五名、動物について指導職三名、男子一〇名、女子三名、計一六名、(ニ)自動車運転職は指導職三名、男子一一名、計一四名、(ホ)調理職は指導職四名、男子二名、女子二名、計八名、(ヘ)調理補助職は女子二五名、(ト)ウエイトレス職は女子二六名、(チ)販売職は指導職一一名、男子一三名、女子七〇名、計九四名、(リ)管理職は一九名、以上合計三三七名(昭和四六年二月より一名減)で、このうち、管理職と指導職(係長、主任)は全員男子であるが、過去において女子の課長がいたことがあり、また昭和四八年三月行われた機構改革において六名の女子の主任が任命された。以上のとおり、男女の占める職種に偏りがあり、(ヘ)調理補助職(ト)ウエイトレス職の全部、(チ)販売職の大半は、女子が占め、(ロ)不動産セールス職(ニ)自動潮運転職は、全員男子が占め、(イ)事務職(ハ)作業職、(ホ)調理職は、大半は男子が占めるが女子も若干いる。

以上の職種における女子従業員の業務分担は、男女職場を共にする(イ)事務職については、タイピスト、電話交換手のほか各種伝票作成補助、日報集計、PRパンフレットの送付等補助的業務を分担し、(ハ)作業職においては、コスモランド及び周辺の清掃、温室内の清掃、鳥舎の清掃給飼等に従事し、(ホ)調理職では、ギボン亭、高原そば、海洋公園の食堂等で、調理師の指示により仕入係が搬入した材料の仕込み、段取並びに味つけの業務を分担しており、(チ)販売職では入園券販売、売店におけるみやげ物等の販売等を分担し、女子従業員の専属する(ヘ)調理補助職は、調理室内での食器、野菜などの洗浄、料理の下ごしらえ、炊飯、また「そばコーナー」においては予め準備されたゆでそば、汁、山菜、卵、薬味を注文に応じて丼に入れ立食の客に受渡すこと、(ト)ウエイトレス職は、レストラン、喫茶店、ドライブイン等における食事注文、飲食物配膳、食器類の整理等である。以上のとおり女子従業員は殆ど全員が専門的習熟を要しない補助的業務に従事しているのに対し、男子従業員は、その半数が指導職及び管理職であつて男女が職場を共にする職種にあつては、男子が各職種の主要な業務を分担し、作業職では、施設の管理、展示植物の維持管理及び繁殖育成、動物鳥類昆虫の剥標本の作成、動物鳥類の飼育、造園等の業務に従事している。

昭和四七年三月四日以降、本件定年制の実施により定年退職せしめられた従業員が再雇用願を出した場合、控訴会社は殆ど嘱託として再雇用し、女子従業員について、従前の業務から清掃の業務に廻された者もいるけれども、殆どが従来と同じ業務に従事している。

なお、被控訴人らが昭和四六年三月五日当時従事していた業務は被控訴人原はドライブインの「そばコーナー」で立食そばの調理販売、被控訴人日吉は清掃係として便所の清掃、公園内のごみ集め、被控訴人石井ふみ代は調理室の調理補助、被控訴人岡本は第二ストアー内の食堂の調理師、被控訴人石井貞はドライブインの「そばコーナー」で立食そばの調理販売にそれぞれ従事していたものである。

6  控訴会社は労働能率と賃金の不均衡の生じ易い年功序列型賃金の弊害を是正するため、昭和四五年以降、定期昇給は三五才未満者の昇給率を最高にし、以後五年づつ増すごとにランクをつけ、年令の高い者程昇給率を低くするという方法をとり入れ、昭和四六年六月当時女子従業員の平均賃金は一ケ月四万六、七〇〇円で、二〇才の女子従業員の場合一ケ月三万八、九〇〇円、四七才の場合一ケ月五万六、七〇〇円で、四七才の女子従業員は前叙のように中高年で入社し、勤続年数は中卒又は高卒後入社した二五才位の女子業員とではそれ程差がないため、七〇〇〇円位の賃金差しかないのに、同年代の男子従業員とでは、その従事する職種の差、就中管理職が男子に偏るところから約二万円位女子従業員が低くなつている。

五以上の事実を前提として、本件定年制が女子の定年を男子より一〇年低く定めていることの合理性の有無について判断する。

控訴会社が本件定年退職規程が、その定年を女子四七才男子五七才と定めたことの合理的理由として挙げるところを要約すると、1控訴会社の企業合理化の必要性、2本件定年制の採用について組合の同意を得ていること、3控訴会社では女子向きの職場と男子向きの職場とが完全に区分され、女子向きの職種における労働の態様が観光サービス業である控訴会社の企業の性質上、若い女性のもつ「若さ」「明るさ」「やさしさ」「清潔感」「機敏性」を要求し、中高年層の女子に不向きであること、4夫子従業員は、能力も低く、管理的能力や各種の専門的業務を修得する能力を欠き、他の職種への配置転換が不能であること、5女子は、四〇代後半に肉体的更年期を迎え、労働能力が低下し、賃金と労働能力との不均衡が男子よりも早く生ずる、6、女子は、男子に比して企業貢献度が低く、年功序列型賃金体系のもとでは賃金と労働能力との不均衡が男子より早期に生ずる、7男子は、一家の大黒柱として永く労働に従事して家族を扶養するのに対し、女子は、家計補助的労働に過ぎず四〇代後半まで労働する者が少ないのが実情である、8他の企業においても一般的に男女別の定年制を定めていること、を挙げるので、以下、これらの点につき判断することとする。

1  まず、控訴会社は企業合理化の必要性を本件定年制採用の理由として主張し、前記認定のとおり、控訴会社が経営安定策として人件費削減のため定年制を採用するに至つたことが認められるけれども、定年制採用の必要性が直ちに女子従業員の定年を男子従業員のそれより一〇年低く定めてよい理由とならないからこの点の控訴会社の主張は理由がないことは明らかである。

2  つぎに、控訴会社は本件定年制の採用について組合の同意を得ていることをもつて、本件定年制採用の合理的理由として主張するけれども、組合の同意がかりにあつたとしても、そのことが女子について差別する本件定年制の採用を合理化するものかどうか疑問なしとしないばかりでなく、本件定年制の年令については組合が同意していないことは、前記認定のとおりであるから、いずれにしてもこの点に関する控訴会社の主張もまた理由がない。

3  つぎに、控訴会社では女子向きの職場と男子向きの職場とが完全に区分され、女子向きの労働の態様が控訴会社の企業の性質上若い女性のもつ「若さ」「明るさ」「やさしさ」「清潔感」「機敏性」を要求し、中高年層の女子に不向きである旨の主張について判断すると、前記認定のとおり、控訴会社の企業形態および職種の上で、多少女子向きの職種、男子向きの職種の傾向のあることは看取できるけれども、それらのいずれも男子又は女子を互いに排除し男子女子各専属業務に完全に区分されなければならない程の差異を認めるに足りる疏明はなく、かえつて各職種に女子が各種の業務を男子とともに分担していることが認められるので、たまたま、ウエイトレス、調理補助職等の職種が女子に限られていることのみをとり上げて、女子に男子より一〇年低い定年を定めなければならない合理的理由を見出し難く、また、女子の従事している前記ウエイトレス、販売職、調理補助職等に若い女性のいることが控訴会社の企業の性質上のぞましいことは理解できるとしても、中高年女子を不適当とする職種であるとも認め難く、また能力的な機能の低下のため、労働能率において、異種又は同種の業務に従事する男子との間に一〇年の格差を生ずるような業務内容であることについては、これを認めることのできる疏明がない。かえつて、定年該当者とされた女子従業員が、退職後再雇用されて、同種の業務に従事しているのであつて、右事実によればむしろ、右の各職種が中高年の女子に不向きであるとか、または男子に比較して著しく能率が落ちるとは言えないものといわざるを得ない。よつてこの点に関する控訴会社の主張もまた理由がない。

4  控訴会社の女子従業員は、能力も低く、管理的能力や各種の専門的業務を修得する能力を欠き、他の職種への配置転換が不能である旨の主張については、控訴会社において女子従業員の多くはさして専門的業務を修得することを要しないと推測しうる業務に従事していることは前記認定のとおりであるが、そのような業務に女子従業員の多くが従事するに至つたのは、控訴会社における女子従業員の採用の方法が前叙のような方法で家庭の主婦を採用したこと、及び控訴会社の企業形態が右の業務に従事する一定量の女子従業員を必要としたことによるもので必ずしも控訴会社の女子従業員の能力を反映しているものとは認められず控訴会社の女子の従業員が一般的に男子従業員と比較して、能力が低いとか、あるいは管理的能力ないし各種専門的業務を修得する能力において劣つていることを認めることのできる疏明はなく、また女子従業員の他の職種への配置転換が、男子従業員と比較してその可能性がないかどうかについても、これを認めうる疏明はない。

5  つぎに、女子が四〇代の後半に肉体的更年期を迎え男子より早く労働能力が低下するかどうかについては、<証拠>(労働省婦人少年局編「女子の定年制」(改訂))によれば人間の労働能力は、たしかに年令的変化を示し、一般に心身諸機能は二〇才台を頂点としてその後漸進的な衰えを示し、女子の機能水準は一般に男子より低い傾向があるけれども、男子と女子とで機能の年令的変化に何か差があるかについては、一般的に年令的変化の傾向は男女とも似ており、腕、脚など部位的にみると多少の差はあるにしても、筋力、肺活量、血圧の変化、視力、反応時間、動作のすばやさなど実態調査の結果、年令的変化に男女差は殆んどないことが認められ、<証拠>によつても男女の老化現象について(イ)皮膚の皺、艶、弛、肝斑、毛髪の白毛化、禿など身体の外表に表われる老化、(ロ)身長、上腕囲の測定によつて示される身体測定値にみられる老化、(ハ)消化器系統、呼吸器系統など内臓諸器官にみられる老化を通じ、個別的性差は見られるものの、総体的に男女の性別による遅速の差はないことが認められ、<証拠>「家庭婦人の職場適応能力と適応性指導に関する調査研究」(社団法人雇用問題研究会作成)及び<証拠>によつても、右の認定を左右し、又は覆すに足りず、ほかに、女子の心身諸機能の低下の速度が男子より早く、したがつて男子より早期に労働能力が低下することを認めることのできる疏明はない。よつて、高年令者について賃金と労働能力の不均衡を生ずるのは男女に共通した現象であつて、その不均衡が女子に特に著しいということを得ない以上、心身機能の年令的低下を理由として女子の定年を男子より一〇年低く定める合理的理由とはなし得ないと解すべきである。

6  つぎに、女子は男子に比して企業貢献度が低く、年功序列型賃金体系のもとでは女子について賃金と労働能力との不均衡が男子より早期に生ずるとの控訴会社の主張について考えると、従業員について男子女子を比較して企業貢献度をはかる基準が必ずしも明らかでないばかりか前項6に認定した事実に照らしてみても控訴会社の賃金体系において、特に女子の高年令者において賃金と労働能力との不均衡が現状において、男子に比べて顕著であるとは認められない。もつとも、控訴会社においても、女子が前記認定のような単純補助的業務にのみ従事しているところから、賃金が年功序列により上昇すると、担当する業務と賃金との不均衡が早晩生ずるであろうことは推認できないわけではないけれども、同種の業務のために多数の女子従業員を擁する控訴会社としては、女子従業員についても適材を適所に配置するとか、適格性ある者の能力を充分活用する等労務管理の改善を図ることが期待され、このような労務管理上の改善によつて、予測される事態の回避もなされうるものと解されるので、この点に関する控訴会社の主張もまた、本件定年制の合理的理由とはなし難い。

7  つぎに控訴会社は、男子が家計維持責任者であるのに対し、女子は家計補助的労働であつて、女子は四〇代後半まで労働する者が少ないのが実情である旨主張するから考えると、あらゆる産業と職種に大量の女子労働者が進出し、結婚後も主婦として家事に専念するだけでなく、賃金労働者として職場にとどまり労働を継続するものが増加の傾向にあることは社会的に顕著な事実であり、このような婦人労働の実情に照らすと、一般的に男子のみが家計維持責任者で女子は家計補助的労働であるとは一概に断じ得ないところであるから、この点に関する控訴会社の主張もまた、理由がない。

8  控訴会社はさらに、他企業においても一般的に男女別の定年制を定めていることを本件定年制の合理的理由として主張するけれども、元来、女子の定年を男子より低く定めることの合理性の有無は、企業一般について抽象的原則が妥当するというものでなく、各企業ごとに当該企業の形態、業種、賃金体系、男子又は女子の従事する業務の態様等、具体的状況に照らして個別的に検討さるべき問題であるから、他企業において男女別の定年制を採用したからといつて、その一事をもつて、本件定年制の合理性の証左となし難いものというべきである。されば、<証拠>をもつてしては、また本件定年制の合理的理由を疏明するに足りない。

六以上のとおり控訴会社が本件定年制を採用するにつき合理的理由として主張するところはすべて理由がない。然るときは、女子従業員の定年を四七才、男子従業員の定年を五七才と、男子より一〇年低く定める本件定年制は、女子従業員に対する不合理な性別による差別というべきであるから、会社の右就業規則の規定は民法九〇条により無効であるといわざるを得ない。

七以上のとおり女子従業員に対する本件定年制は無効であるから、被控訴人らは本件定年制及びその実施に伴う経過措置により、定年退職したとされた昭和四七年三月五日以降において依然として控訴会社の従業員としての地位を保有していることは明らかであり、前記認定のとおり、控訴会社は被控訴人らの従業員としての地位を認めず賃金の支払をしていないから、被控訴人らは控訴会社に対し右地位の確認および民法五三六条二項により賃金の支払を請求する権利があるといえる。したがつて、被控訴人らの本件申請につき、被保全権利の疏明があるというべきである。

八つぎに本件申請についての保全の必要性及び被控訴人らが控訴会社から、仮りに支払を受くべき賃金額についての当裁判所の判断は原判決理由六(原判決五一枚目表九行目の「そこで」から五二枚目裏五行目の「命ずる」まで。)に説示するところ(ただし、同五一枚表九行目「申請人等の各供述」を「原審における被控訴人らの供述」と訂正し、五二枚目裏五行目の「命ずる」の次に「のが相当である。」を付加する。)と同一であるから、これをここに引用し、その末尾に「なお控訴会社は、当審において、被控訴人らについて前記控訴会社の主張三1ないし6の生活事情を主張して、被控訴人らには、仮に賃金の支払を受けなければならないような緊急必要性はないと主張するけれども、控訴会社主張のとおりの事実が認められるとしてもいずれも被控訴人らの夫もしくは子供らに収入があるというに過ぎず、またそれらが、被控訴人ら自身の生活をどれ程潤おしているかについては疏明がないし、また前記引用の原判決理由挙示の保全の必要性の認定を覆すに足りないので、本件仮処分の必要性はない旨の控訴会社の主張は採るを得ない。」を付加する。

九以上の次第であるから、右と同旨の判断により本件仮処分申請を認容した原判決は相当であり、控訴会社の控訴は、理由がないから、これを棄却すべきである。

よつて、民事訴訟法三八四条九五条を適用し、主文のとおり判決する。

(豊水道祐 小林定人 野田愛子)

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